トドロフ教授、そもそも第一印象とは何なのでしょうか?また、個々の第一印象はどのようにして形成されるのでしょうか?
アレクサンダー・トドロフ:人は何かを判断する際に、直感や固定観念といった最も手短な方法に頼る傾向があります。そして、見知らぬ人に対して判断を下す時の鍵となるのが、第一印象です。第一印象とは、外見のような表面的な手がかりに基づいて、他者を瞬時に判断することです。
初めて会った人の第一印象が形成されるのに、どれくらいの時間がかかりますか?
トドロフ: 文字通り、ひと目見ただけで人の印象が決まります。顔を見た時間が10分の1秒にも満たなくても、判断するのに十分な「情報」が得られます。実際のところ、それ以上長い時間見ていても評価は変わりません。ここでいう判断とは、その人が信頼できるかどうか、能力があるかどうかといった、その後の関係に影響を及ぼすような判断のことです。
複雑な社会を生き抜く上で第一印象が役立つのならば、日常生活においてもそれはかなり有効ですよね。
トドロフ:とっさの判断が必要な時の手段、という意味では有効と言えます。例えば、誰かがちょっと疲れていたり、怒っていたり、悲しんでいたりするとします。そういった場面で、その人の感情をいち早く捉えることは、どのようにアプローチし、コミュニケーションを取れば良いかを考える上で役立ちます。しかし問題なのは、ともすれば人は顔から伝わる情報だけで、人物全体を推測する傾向があるということです。一瞬の顔の表情だけで、人の性格を見極めてしまう可能性があります。初めて出会った人に対して、何も知らないのにも関わらず、その人がどんな人なのかを直感的に判断してしまうのです。
チャールズ・ダーウィンは、その鼻を理由に、歴史的なビーグル号での航海に危うく参加できないところでした。
他人に印象を与える上で、顔にはどのような役割がありますか?
トドロフ:顔ほど瞬時に注意を引くものは他にありません。私たちは、他人と接する際、無意識にその人の顔に注目します。事実、新生児は、顔と同じくらい複雑な物体が近くにあったとしても、人の顔に興味を示します。顔は、非言語的コミュニケーションにも言語的コミュニケーションにも必要不可欠であり、生まれた時からその重要性を私たちは知っているのです。
人は特定の顔の特徴を、特定の性格と結びつけているのでしょうか?そしてそれを実現しようとしたのが、人相学という疑似科学ですか?
トドロフ:人は皆、生まれつき自分なりの人相学を持っていてそれに基づき自然と印象を形成し、相手に対して行動しています。しかし、外見からその人の性格を読み取ることができるという考えは誤解を招きます。19世紀、人相学者の考えは多くの人に支持され、影響力を持っていました。そして、誰もが知る自然科学者のチャールズ・ダーウィンは、その鼻を理由に、歴史的なビーグル号での航海に危うく参加できないところだったと言われています。当時人相学に入れ込んでいたビーグル号の船長が、彼のような鼻を持つ人間は航海に必要な「エネルギーと覚悟」を持ち合わせていないと考えたのです。もちろん、自身の外見上の特徴を変えることはできません。しかし、人は感情表現によって、見た目に基づく最初の印象を完全に覆すことができます。例えば、一見、高圧的で信頼できないように見えても、実際はその人が笑顔の多い親切な人なら印象はすぐに変わります。
ボディ・ランゲージのような顔以外の第一印象にはどのような意味がありますか?また、これらの要素はどの程度までコントロールできるのでしょうか?
トドロフ:人は、ジェスチャーや服装、身だしなみなど、ありとあらゆる情報を統合して相手の印象を形成します。服装や身だしなみは、自分を印象づけるために自由自在に変えることができます。つまり、自分自身のスタイルを作り、世界に向けて発信できるのです。そして、こういった外見上の手掛かりには、その人がどの社会的グループに属しているか、あるいは属したいと思っているかといった有益な情報が含まれています。
良い第一印象を与えるためのアドバイスはありますか?
トドロフ:すべての状況には明示的、または暗黙的なルールがあります。自分のことを知られる前に、これらのルールに反することは避けたいものです。ビジネスの場でも、それぞれに異なるルールがあるでしょう。フォーマルな会社なら、スーツとネクタイを常に着用することが求められるかもしれません。しかしIT系のベンチャー企業などで働いているとしたら、もっとカジュアルです。これらはすべて暗黙のルールなので、下調べをして何が求められるのかを知っておく必要があります。自分が置かれている状況に合わせて、期待に応えることが大切なのです。
車や高価な時計などのステータス・シンボルも、第一印象に影響しますか?
トドロフ:もちろんです。ブランドには、独自の評判や固定観念がつきものです。安い車に乗っているか、高い車に乗っているかで、人は違う印象を持つかもしれません。ただし、その評価が肯定的か否定的かどうかは、相手の好みやバイアスによります。
ステータスの象徴としての車が、第一印象にどのような影響を与えるのか、具体的な考えはありますか?
トドロフ:他者の地位の推測は、極めて自動的に行われます。車は、そういった推測の重要な情報源となり得ます。高級ブランドの車に乗っている人は、当然ながら収入が高いと思われますよね。しかし、同じブランドであってもいろいろな選択肢があります。ファミリー・セダンとスポーツ・カーでは、選択が大きく異なります。私たちは無作為に車を選んでいるのではなく、少なくともその選択にはある程度の好みが表れているのです。ですから、乗っている車によって人が判断されてしまうということも否めません。
モノに対しても、第一印象で判断を誤るということがあるのでしょうか?
トドロフ:モノはまた別の話になります。なぜなら、モノよりも人に対しての方が、事実とは異なる判断をしがちだからです。モノを見た瞬間、それを好きになるか嫌いになるかは美的価値観の問題であり、個々の認識にもよります。直感で車を買うことを決めたら、思っていたよりも品質が良くなかったというのは明らかに判断ミスですが、それ以外の場合、自分の好みが「間違っている」かどうかは、実際には分かりません。
ビジネス・シーンで第一印象がきわめて重要となる例が、就職面接です。例えば面接官が、第一印象で誤った判断を下すことも多いのでしょうか?
トドロフ:科学的根拠からみても、就職面接はパフォーマンスを推測するための最適な手段とは言えません。特に形式ばらない自由なスタイルの面接では、シャイや神経質な人が不利になりますし、人生がかかっているような局面ではなおのことです。採用を担当するプロフェッショナルに向けてアドバイスがあるとすれば、資格や経験といった要素に比べて外見はまったく役に立たないため、そこに重きをおいて判断すべきではないということです。
第一印象は、長期的なキャリアにどのような影響を与えると思いますか?
トドロフ:私たちはしばしば、わずかな情報を基に、相手がどんな人なのかという精巧なイメージを作り上げてしまうことがあります。それが問題です。多くの人は、偏見を持ちたくない、正しく判断をしたいと思っています。しかし、知らない間に偏見に左右されていて、結果的に第一印象で他人を判断してしまうこともあります。ですから外見が重視される職業で不採用になった人は、別のキャリア・パスを選ぶことになるかもしれません。
今や、ある種のスキルを持った人材は、企業に応募するどころか、企業から問い合わせが来るほどに求められています。応募者が第一印象を良くしたり、面接官に好印象を与える方法ばかりが話題になりますが、逆の場合、採用担当者はどうしたら良いと思いますか?
トドロフ:それは面白い質問ですね。確かに、ある種の職業においては、採用する側にとって厳しい競争となる場合があります。ですから企業はまず、その人材が何を重視しているのかを知る必要があります。自由な時間がたくさん欲しいのか?管理されずに自由な環境で仕事をしたいのか?すべての人に当てはまるモデルは存在しないので、より柔軟に対応できなければなりません。競合他社に負けないために、何を提供できるかが重要なのです。
私たちはしばしば、わずかな情報を基に、相手がどんな人なのか非常に精巧なイメージを作り上げてしまいます。
政治の世界でも同じですよね。ご著書の中では、アメリカ大統領ウォーレン・G・ハーディングの例が言及されていました。
トドロフ:アメリカの政治に関しては歴史家による調査が何度も行われていますが、今のところアメリカ史上最悪の大統領と言われています。1920年代は共和党が行き詰まり、民主党もあまり人気がありませんでした。そんな中、ウォーレン・G・ハーディングは、人々に好印象を与えるような大統領に相応しい風貌を備えた人物でした。顔から性格を読み取ることができると考えていた当時の人相学者は、彼の顎は良い大統領になる印だと主張しました。ハーディングはその容姿によって大統領に選ばれましたが、結局彼の任期は汚職とキャンダルにまみれたものでした。
これは、ビジネスの場でも起こりうることでしょうか?
トドロフ:実際に、会社にそれほど貢献していなくても、より有能そうな外見を持つ管理職の人が、より良い報酬を得ているということが明らかにされています。つまり、企業でも同様のことが起こりうるということです。一般的には、見た目の良い人の方が平均して収入が多いというデータも多く存在しています。
新しい上司や同僚に対してネガティブな第一印象を抱いてしまった場合、それを覆す、あるいは和らげるにはどれくらいの時間がかかるでしょうか?
トドロフ:一般的に、人は第一印象を修正するのがとても上手だと言われています。ただし、これはもちろん、良い情報を得ているかどうかによります。例えば、あなたの会社の役員が、会話をした時にそっけなく冷淡な態度だったら、それ以降その人に近づこうとしないかもしれません。すると、たとえ会社の理念が素晴らしくても、その上司の評価を変えるのは難しくなります。しかしもし相手が同僚で、初めて会った日が彼にとって最悪な日だったとしても、あなたはその同僚に対する評価を改める機会がたくさんあるはずです。これとは別に、もしもモラル的な問題で相手にネガティブな印象を抱いた場合、それを覆すのは少し困難です。なぜなら、私たちの多くは、外見的な特徴よりも、誠実さのようなモラルを重視するからです。
正しい振る舞いとは何か、という定義は、人によって異なります。国際的なビジネス交渉の場などで、文化の違いが第一印象に与える影響とは何ですか?
トドロフ:人は一般的に、より典型的な顔の人を信用します。しかし、私にとっての典型的な顔は、例えば日本人にとっての典型的な顔とは異なるでしょうから、そこにはすでにバイアスが生じています。さらに、相手にとって好ましい振る舞いが何かという点でも違いはあります。笑顔のような万人に通じるものでも、その役割はさまざまです。ほとんどの西洋文化では、笑顔は親しみやすさの象徴です。しかし、東アジアの一部ではしばしば服従のしるしとみなされることがあります。
最後に、俯瞰でこのことを捉えてみましょう。第一印象のように、無意識ですぐに判断を下すことのない方が人類にとっては良いのでしょうか?
トドロフ:人が第一印象を瞬時に形成する理由は、現代社会において多くの見知らぬ人に囲まれ、その人たちと交流しなければならないからです。人類の進化の過程では、ほとんどの場合、ほんの数十人から成る部族の中で暮らしていました。印象に頼らなくても、誰がどんな人なのか知っていたのです。しかし、そういった生活様式は約1万5千年から2万年前に変化し、第一印象に頼るという手段が必要になったと考えられます。確かに第一印象は、その時の相手の心理を推し測るのには有効です。しかし、相手の性格までも判断することはできない、という認識を持っていなければなりません。30分程度の会話でも、有能な人か信頼できる人かどうか知ることはできません。それでも、第一印象は私たちの社会において重要な意味を持ち続けており、判断基準の一つとしてなくなることはないでしょう。
アレクサンダー・トドロフ氏(50歳)は、2002年からアメリカ合衆国ニュージャージー州のプリンストン大学で心理学の教授を務めています。ブルガリア出身の彼は、ソフィア大学、オックスフォード大学、ニューヨーク大学で心理学を専攻。その後、社会的認知の認知・神経的基盤、および人間が他者をどのように認識し理解するかについて研究をしています。2017年に出版された著書『第一印象の科学―なぜヒトは顔に惑わされてしまうのか?(原題:Face Value: The Irresistible Influence of First Impressions)』では、彼の研究が読みやすく興味深い一冊としてまとめられています。