それは、まるで時計仕掛けのよう。各工程は決められた順序で行われ、1回1回包丁を入れる様子は儀式のようであり、一つひとつの動きは伝統的なリズムに則っています。 料亭「柏屋」 総料理長の松尾英明氏は、ピンポイントに、そして正確に、イサキに包丁を入れます。火にあたる前の、繊細に輝くピンク色のイサキの身の中を、あたかも見えない糸の上を滑るように包丁が通り抜けます。松尾氏は、魚が焼き網の上で絶妙な焼き加減になるタイミングを正しく判断する勘をもっています。
ほんの少しの後、イサキにすだち(柑橘類の一種)とみょうが(生姜の仲間で日本独特の野菜)をまぶします。 そのすべてが、皿の上で味の海を創り出すのです。また、この料理が印象に残るのは、レシピや芸術的な調理によるだけでなく、魚の産地も大きく関係しています。
大阪から車で2時間ほど南下した和歌山県の串本町で、大瀬戸兄弟がこの魚を養殖しています。 (:おいしい日本:大阪グルメ・10のヒント)一つの生簀には約2万匹のイサキを入れることができますが、1匹に十分なスペースを確保するため、その半数以下に留めています。自然への敬意 (➜こちらもお読みください:サステイナビリティに注力:環境保護に向けたBMWの取り組み)と使用する食材が、松尾氏と彼の家族が一心に取り組んできた特別な料理の特徴です。
柏屋は、大阪の千里山にある日本式の会席料亭です。このような特別な料亭は京都や東京にあると思われがちですから、気取らずに食べられる美味しいストリートフードで知られる大阪の、しかも閑静な住宅地は、一見して珍しい立地です。しかしよくよく見ると、まさにその食文化こそが、この料亭のルーツであり、現在の料理の考え方を形作っているのです。
柏屋は、1977年に松尾氏の父がカジュアルな郷土料理を提供する料理店として開業しました。ほどなく、松尾氏は料理の魅力に引き込まれ、会席料理の名店「招福楼」で料理人としての修行を積みました。1989年、26歳のときに柏屋に戻り、3年後に料理長に就任しました。松尾氏は13年間ミシュランの三つ星を獲得し続けており、2021年には特にサステイナブルな厨房哲学を評価され、初めてグリーンスターに選ばれました。
会席料亭にとっては、おもてなしの心がすべてです。大学時代には、柏屋の会席料亭としてのコンセプトの根幹をなす茶道を学びました。すべての食材は、新鮮で、地元産や旬のものであり、その自然な香りを最大限に生かすように調理されなければなりません。さらには環境や季節も、メニューのローテーションに反映させるのが理想です。
部屋に飾られた花、料理の盛り付け、壁に掛けられたアート、温かい汁物の温度管理まで、総料理長が細部にこだわりすべてをアレンジしています。私たちが料亭の前に停めた新型BMW i7(➜こちらもお読みください:新たな輝きをまとって走る)を最初に目にしたとき、彼は面白い比喩を思いつきます。それは彼が総料理長として、自分の料亭で情熱的な運転手の役割を演ずるというものです。パノラマルーフの下、ゆったりとしたリアシートに座ったゲストたちは、松尾氏の案内で料理の季節を満喫する、この上ないルートを進んでいきます。
茶道は、何にも妨げられずに、そのひとときを愉しむことに重点を置いていると松尾氏は言います。「日常生活ばかりでなく、社会的な地位をも遮ります。例えば、茶室はその建物の中の神聖な部屋であり、とても小さな入口が一つしかありません。これはもともと武士が刀を持ち込むのを防ぐことや、重要人物や身分の高い人でもひざまずいて入室させ、中にいる人たちをすべて平等にするためのものでした。客たちは、これから一生に一度しかない体験をするのだという感覚を持つのです。それは、忘れられない体験です」。
三つ星の料理長として、松尾氏は少人数の選ばれたサークルの中に身を置いています。そうしているうちに、ラグジュアリーの捉え方の移り変わりを感じ、柏屋で彼が取り組んでいる料理の旅にそれが反映されるのです。有り余る豊かさ、浪費、過剰な装飾はもはや大事なことではなく、ユニークな体験や、意識の高い愉しみを享受する歓びがそれらに替わっています。期待されていたことは、もう時代遅れなのです。柏屋で味わえるような、何世紀にもわたる伝統と未来志向を融合させた新しいラグジュアリーは、これまでにないディテールで私たちを驚かせます。松尾氏の哲学は、多くの食材を使いながらも、それぞれの食材をほんの少し使うことです。「一つの食材を使いすぎるのはサステイナブルではありません。自然を傷つけない適量を使うのです」。
すべての素材の良さを最大限に引き出せという金言は、高級車の場合にも当てはまります。サステイナビリティとショートサイクル(➜こちらもお読みください:BMWが生み出すクルマは、すべてがサステイナブル)は、BMW i7の生産でも脚光を浴びています。ディンゴルフィン工場では、グリーン電力の購入だけではなく、エネルギー効率の高い工場設備、リサイクル、水管理など、多くの施策がこれに貢献しています。
車体製造に製造ロボットを複数展開しているほか、例えば塗装工場での資源の消費もさらに低減されています。カソード・ディップ・コーティングとドライ・デポジションは、水とエネルギー両方の必要量を大幅に削減することができます。このようにBMW i7は、高級車としての伝統とエミッション・フリーのドライビング・プレジャーが両立することを、革新的な形で示しています。
料亭内には、その時々の季節にインスピレーションを得たものが並び、細部にわたるこだわりが至る所に感じられます。夏に訪れたとき、松尾氏は冬の花を描いた陶器を選びました。この選択は、涼しさを醸し出すための意図的なものです。小さな箸置きも、トンボの形にデザインされていました。ラグジュアリーは、細部に宿るのです。サステイナブルな意識は、調度品の随所にも見られます。染色史家の吉岡幸雄氏がデザインした二つの部屋では、日本の伝統的な素材である湊紙(みなとがみ)を再生紙で作って壁紙にしています。椅子は、大阪の家具職人・新木聡(しんきさとる)氏による特注品です。
常にゲストを中心にした、文化のバランス。メニューはいくつかの中から選べるようになっており、いずれも決められた小皿料理のセットが付きます。メニューは月ごとに替わり、月に複数回訪れる選ばれたゲストには、特別メニューを作ることもあるそうです。ここにもBMW i7との類似点があります。個々の塗料をペインターが調整する際には、完全にこのスタイルをとっているのです。松尾氏がゲストをよく知っている場合は、そのゲストの好きな料理をメニューに加えることもあります。
そして、再び厨房の様子が目に留まります。一見シンプルに見える温かい煮物椀を、3人の料理人がチームを組んで作るというのは驚くべきことです。これは、会席料理のコースの中で最も重要な料理とされています。一人がお湯を沸かす間に、もう一人がだし汁とは分けて、調理する魚の下ごしらえをします。魚を蒸して器に入れる間に、3人目の料理人がだし汁を温め始めます。魚が用意できると同時に、適温にコントロールされただし汁が注がれます。注いでいる最中に、料理人の一人が蓋を閉める準備をするのです。それが終わると、料理は控えめな優雅さを保ちつつ、テーブルへと急いで運ばれます。数分ではなく、ほんの数秒のプロセス。最高に精密な職人技、そしてチームワークが生み出す魔法の証です。
シジミ汁であろうと、ウリ科の一種であるトウガンの皮と柚子を添えた葛豆腐や、それに続くホタテのグリルであろうと:松尾氏は、絶滅危惧種や入手困難な食材を使わず、常に新しい食材を探して料理に挑戦しています。未来とは問うことであり、現状の変化を追求することと常に密接にリンクしています。それは高級料理に限ったことではありません。
松尾氏はそのことを、私たちがすでに頂いた料理を例にして示したいと考え、ちょっとしたドライブに誘ってくれました。大瀬戸兄弟の養殖場を訪ねる串本町へのドライブで、松尾氏は自らBMW i7のハンドルを握りました。運転手としてではなく、好奇心旺盛な探検家として。
太平洋に面し、天然の湾や内海が広がる環境は、飼育に適した場所であると同時に、自然の多彩な魅力を感じさせます。松尾氏は、科学者、農家、料理人たちと共に、こうした養殖魚に対する認識を改めるべく活動しています。
彼は、近大水産研究所教授の澤田好史博士と共に、養殖による環境負荷を減らすため、草食魚であるアイゴの養殖の可能性を研究し始めました。これは、養殖魚には通常、天然魚から作られたペレットが与えられており、それが乱獲の原因の一つになっているからです。そして、その成功は、彼のサステイナブルなビジョンの正しさを裏付けています。大瀬戸兄弟は、生簀の最大容量の半数以下の魚を飼育することで、やや単調な味だったイサキに、より濃厚な風味を加えることに成功しました。
松尾氏の家は、食の冒険の遊び場です。柏屋の料理は、長年の伝統に敬意を払いながらも、イマジネーションを働かせた情緒豊かなものです。 この五感を刺激する発見の旅に意識的に乗り出す人は誰もが、最も多様な歓びをもたらすユニークな体験を得られるはずです。このラグジュアリーな体験(➜こちらもお読みください:スイスのグランドツアー) (※リンク先は英語サイトです。)を愉しむために、実際に持っていくべきものは、 現代における最大の贅沢、すなわち時間だけです。
記事:Markus Löblein; アート:三浦信、Ha My Le Thi; 写真:伊藤健太郎