デニムからより糸まで、レザーから大理石まで、そして木材からセメントまで:生地と素材は、日々の暮らしにおいて重要な役割を果たしています。これらは日常に溶け込んでいますが、私たちの感覚にもたらす影響は非常に大きいものがあります。私たちはさまざまなテクスチャーに囲まれて生活しています。座っている木の椅子から肌に触れるオープンポアのレザー製ソファ、そして足下の石のタイルに至るまで。生地と素材は人々の幸福感を大きく左右し、ひとめ見ただけでは分からないパワーを備えているのです。
変化し続ける世界でプライベートな快適空間を常に変わらず提供し、くつろいだ気分や心の平穏をもたらしてくれる。これこそが、現代のラグジュアリーのひとつの側面であり、さまざまな生地とテクスチャーの相互作用がもたらす幸福感という魔法なのです。生地が関わっているかどうかに関係なく、自動車や住宅の室内装飾を特徴づけているのは、違いを生みだすディテールです。これはBMWのコックピット・デザインにも当てはまります(➜ さらに読む:1世紀に渡るインテリア・イノベーションの歩み)。これまでは、中心に据えられるのは常にドライバーのニーズで、ドライバー志向のコックピット・デザインが求められてきました。
BMW 8 シリーズなどBMWのインテリア・デザインのインスピレーションの源には、インテリア・デザインやファッションと多くの類似点があると、BMW Mのカラー・アンド・トリム・デザイナー、マルク-ディノ・メールマンが明かします。「BMWのインテリア・デザインの新しいアイデアを思いついたときは、ツァイトガイスト(時代精神)を取り込めるように努力しています。インスピレーションを得るのは建築やインテリア・デザイン、家具デザイン、ファッションや普段着などの衣服からです。BMWでは未来も見据えており、現在特に取り組んでいるのは、ハイクオリティのレザー代替品とリサイクル素材をエレガントかつサステイナブルに使用することです」。
原材料から移動する快適空間へ
触る、感じる、なでる、折る、切る、包む:ボニー・フヴィルムとデトレフ・ディーム(※リンク先はドイツサイトです。)は、生地と素材が織りなす魔法を毎日紡ぎだしています。フヴィルムは自然界のサステイナブルな素材について研究を行い、インテリア・デザインとファッションに活かすことに情熱を注いでいます。この目的のために、クリエイティブなデンマーク人であるフヴィルムは、コペンハーゲンにナチュラル・マテリアル・スタジオ(※リンク先は英語サイトです。)を設立しました。そして、インテリア・デザインやファッション業界のクリエイターたちと連携し、素材を活かしてどのようなものができるかということに挑戦しています。
そのコラボレーションの一例が、2021年のニューヨーク・デザイン・ウィークに展示された「OFFSET」。これはサステイナブルな彫刻スツールのコレクションで、設計者はナチュラル・マテリアル・スタジオと家具デザイナーのソフィア・ヴァイテルスレブです。「OFFSET」の素材は、生分解性のあるマットレス・フォームのBフォームと、ダイネセン製のダグラス・ファーの切れ端でつくられています。フヴィルムの活動は、まるで遊び心あふれる冒険のようです。「リサーチャーそして発明者として、常に新しいことを学んでいます。私にとって生地と素材の魔法はそこから生まれているのです。観察力、感覚、触覚を常に鋭く研ぎ澄ませています」。
ディームもフヴィルムと同じ考えを共有しています。ミュンヘンを拠点にしているオーダーメイド・テイラーであるディームは、30年以上かけて生地との関係を深めてきました。それは感覚を刺激する経験であり、彼が情熱を注ぐもうひとつの対象である上質なワインと比べたくなるのだそうです。「ワインと同じように、生地にもテクスチャー、表現力そして歴史があります。その生い立ちが、独自の持ち味をつくりあげているのです。このように考えると、大量生産品から格付けされた辛口ワインやコレクターズ・アイテムまで、幅広さがあると言えますね。生地や衣服の完成品は、触れるだけでなく感覚すべてを使って体験できるものです。私にとってはそこから魔法が生まれます」。
BMWのインテリア:風格とアクセントを生み出す技術
BMW 8 シリーズのインテリア・デザインには、中心的エレメントとしてのレザーのほか、アルカンタラ・ファブリック、アルミニウム、ファインライン・ウッド、ピアノ・フィニッシュ、そしてカーボンも使用されています。メールマンにとって、カー・インテリアのラグジュアリーとは、感覚と職人技の融合です。「高級感のあるオープンポア・レザーや本物の木材のインテリア・トリムを使用しているかどうかにかかわらず、クルマをエレガントな体験に変えることが目標です」。
基本的な製品を最大限に洗練させることが、新たな価値につながっていきます。この流れのなかで、ファイン・ポア、フルグレインのメリノ・レザーは、タンブリングによって、深みのある加工と快適性の絶妙なバランスを獲得しています。もちろん、この素材をさらにラグジュアリーにカスタマイズすることも可能です。「仕上げ加工として、レザーに刻印やパーフォレーションを施したり、特殊なステッチやキルティングを加えたり、2色に染めたりできます」。
深みのある表面
生地が持つ多様な性質をどのようにして一つひとつ詳細に強調するか。カスタムメイド・テイラーのディームは、自身の専門分野である、そのような面に魅了されています。車両デザイナーと非常によく似ているのは、ディームも最初の小さな刺し穴から始まるスーツの最終デザインをコントロールしていることです。手で生地サンプルをなでたときに、質だけでなく素材の違いもすぐに認識します。表面がクレープのようになめらかなギャザード・ストライプの軽いシアサッカーは、精巧に織られたベルベットのようなカシミアや、耐久性とエレガントさを兼ね備えたイタリア製リネンとは感触がまったく異なります。
遠くから見ると、多くの生地は1色に見えますが、近寄ってよく見てみると、精緻なマーブリングになっており、それが2つの糸の交互の織り込みによる精緻なパターンでできていることが分かるでしょう。内張り、イニシャル刺繍、またはコントラストを描く糸でかがられたボタンを使用することで、ディームは素材自体の効果にさらなる磨きをかけています。
素材がラグジュアリーさを形づくる
自動車内のラグジュアリーさは、高品質な素材の使用だけで決まるものではなく、素材の配置もまた重要です。「BMW 8シリーズなどのラグジュアリー・カーでは、フルレザーのインテリアが特徴を決めます。スピーカーのカバー、アクセントとなるトリム、ドア・パネル、ダッシュボード、そしてシートのトリムが純粋なレザーで裏打ちされており、フロア・マットもレザーで縁取りされています。ラグジュアリーの本質は、ひとめ見ただけでは分からないところにも潜んでいるものです」。
アクセントとなる装飾エレメントの選択により、空間に独自の感覚を生み出すことができます。「乗る人がBMWのインテリアをどう認知するか、そこに極めて大きな影響を与えることができるわけです。暗めのカラーやカーボン(➜ さらに読むカーボン・ファイバー:自動車の製造に革命を起こした素材)は洞窟のような印象を与えるので、スポーツ・カーにぴったりですね。BMW 8 シリーズのフルレザー・インテリアで用いられるコニャックのようなカラーや装飾カバーのエレガントな使い方で、ラグジュアリーなセダンが、モダンで快適なロフトに変わります」。
新しい素材の発見
「ラグジュアリー」という言葉もまた変化しています。現代のラグジュアリーとは、感情的な体験のために時間を費やすだけでなく、自然と調和する質の高いアイテムを所有するという意味合いも、これまで以上に高まっています(➜ さらに読む:サステイナビリティに注力:環境保護に向けたBMWの取り組み)。この方向性は将来、使用する素材の選択にも影響を与えるだろうとメールマンは考えています。「ラグジュアリーがサステイナビリティから受ける影響は増しており、私たちはそれを知覚できる形でクルマに取り込みたいと考えています。カー・インテリアの価値観は、多くの部分で従来のものから変わっていくでしょう」。
BMW Groupでは、レザー使用の観点から、企業としてのサステイナブルな責任も重視し、「レザー・ワーキング・グループ」に加わっています。このグループでは、世界的なレザーのサプライ・チェーンにおいて統一された環境的基準と社会的基準を守り、製造者を認定することをめざしており、BMW iXにはこれが適用されています。BMW iXでは天然のレザーが使用されていますが、色染めではオリーブの葉から抽出した環境に優しい素材が用いられています。BMW Groupではさらに、レザー不使用の代替品、例えばテキスタイル・インテリア、アルカンタラ、センサティックなどをすでに提供しています。資源に優しいレザー代替品について調査をすすめ、サボテン繊維製のDeserttex®などについても研究しています。スタートアップ企業ナチュラル・ファイバー・ウェルディング(※リンク先は英語サイトです。)が提供しているMirumは、耐久性のあるフル・リサイクル可能なプラントベースの素材ですが、2021年からBMW i Venturesで有効に活用されています。
こうしたビジョンはボニー・フヴィルムを日々駆り立てているものでもあります。フヴィルムはインタラクション・デザインの学位を持ち、コンセプトを決めるときはサーキュラー・デザインの原理に従っていますが、これはBMW Groupと共通しており(➜ さらに読む:サーキュラー・エコノミーの重視:2040年に向けたサステイナビリティ)、いずれもリサイクル、リニューアル、再利用、再考を大切にしています。自然との関係はフヴィルムの活動の中心に据えられています。「私は、遊び心と先進性を兼ね備えたアプローチで、インタラクティブなユーザー体験をデザインしています。そこから、自然界で利用できる資源とそれを活用するクリエイティブな方法の両方に、洞察をもたらす体験を生み出すことができるのです」。サステイナビリティ、(➜ さらに読む:終わりを始まりから考慮に入れる)※リンク先は英語サイトです。)、再利用、そして削減(または「アップサイクリング」)といったトピックは、家具からファッション・コレクションまで、新しいデザインのアイデアやサステイナブルな思考を生み出しています。
審美性と快適性のバランス
メールマン、フヴィルム、ディームの3者が同意していることがあります。生地は日常の暮らしのあらゆるところに存在していますが、本物の魔法が起きるのは美しさと心地よさが同じバランスになったときだけ、ということです。BMWのインテリア・デザイナーたちとまったく同じように、ディームもまた、素材を使用するうえで裁断をできるだけ少なくすることと、装飾を加えることとのバランスを意識しています。「素材をカットするのは最小限にして、素材の流れをできるだけ連続させるようにしています。真のエレガンスとは、規律とゆるさのバランスを取る行為の産物なのです」。
一方で現在は、明日のことを今日考え、エキサイティングな新しい素材を導入する必要性が高まっています。松葉がラグジュアリーで快適かつ理想的なシートになるというビジョンを描く人など、ほとんどいないでしょう。ボニー・フヴィルムはそこを変えたいと考えています。ごまかしのない生のオーガニックな素材に魅了されたアイデア豊富なフヴィルムは、海藻の抽出物や蜜蝋の発泡体をファッションに発展させています。「今は松葉を使ったバイオベースのレザーを研究しているところです。松葉は強力な繊維ですが、私たちはまだ活用できておらず、潜在能力とさまざまな実用性があると考えています」。
資源と原料は、カー・デザイナーや原材料の調査者、カスタムメイド・テイラーにとって日々の糧であるだけでなく、夢が詰まったものであり、アイデアを形にしてエキサイティングなデザインを生み続ける手段でもあります。そしてこれが真のラグジュアリーのひとつの側面でもあるのです。
記事: Markus Löblein; アート: Verena Aichinger, Madita O'Sullivan; 写真: Felix Brandl, Jens Utzt