BMWグループとそのブランド、BMW、MINI、BMW Motorradは、欧州選手権ミュンヘン大会2022(※リンク先は英語サイトです。)の公式プレミアム・パートナーとして、本拠地の利点を最大限に活かしながら、完全電動の輸送車両を広範囲にわたって提供し、最高峰のマルチスポーツ・イベントの運営に携わるだけでなく、サステイナビリティやイノベーションといった価値観の共有への献身的な取り組みを示しました。「声援を力にかえて」という精神のもと、この一大スポーツ・イベントのスターティング・ラインアップには、選りすぐられたBMWの電気自動車が名を連ねています。BMW iX、BMW iX1、BMW i4という錚々たるスターで構成されたチームでは、特別メンバーであるBMW 1602 Electricの影も薄くなってしまうかもしれません。この隠れたスターについて知るために、時間を遡ってみましょう。
タイムマシーンでの旅
1960年代は、ビートルズやフォーク・リバイバル、ボブ・ディランの文学的な詩など、ポップ・カルチャーにおける新進気鋭のスターが生まれた時代であり、世界中で非常に複雑な社会運動や政治運動が起こった時代でもあります。そうした激動の時代に、世界のいたるところで新しい変化が訪れる一方、ある問題が浮上し、現代に至るまで最大の課題のひとつとして存在しています。それは、60年代から認知されるようになった、都市部の深刻な環境汚染問題です。アメリカ合衆国の特にカリフォルニア州では、排気ガスの規制が定められました。ヨーロッパでも同様の規制が定められ、代替燃料の開発が促進されました。
「1960年代半ばに、バッテリーを搭載した電気自動車の研究が急激に注目を集めました。その理由のひとつは、アメリカで自動車の排気ガス削減を目的とした厳しい規制が導入される可能性が高まったからです」。
研究コンソーシアムや国の機関によって多くの研究が実施されると共に、BMWグループも回生エンジンやeモビリティの開発に注力するなど、数々の自動車メーカーが独自の研究に取り組みました。
電動化の要素の探究
1969年、BMWグループは電動ユニットの日常生活での実用性を調べる目的で、2台の実験車両の製造を開始しました。この車両のベースとして選ばれたのが、当時好調だったBMW 02シリーズ(➜もっと読む:ヴィンテージ・カー愛好家のトレジャー・ハント)です。
「個人的な見解ですが、BMWグループは、この分野での自社の取り組みについて、誰もがBMWと分かるような実績のあるモデルを使用して、実用化の証明をしたかったのだと思います」。
この時期、他の自動車メーカーからも特別仕様の電気自動車の試作車が発表されましたが、この分野での取り組みのアピールを目的としたものが大半でした。あえて既存のモデルを試作車に選んだ背景を問うことは、今日BMWグループが掲げている、サステイナブルな個人向けモビリティに関する目標を紐解く手がかりになります。
「技術が異なるからといって、電気自動車のデザインを異なるものにする必要性はない。それを示すのが、BMWグループの明確な戦略だったと考えます」。
BMWは、動力源として、全車両に搭載されているVARTA社製の鉛蓄電池を採用しました。12対の標準的な12Vバッテリーが、エンジン・ルーム内のパレット上に配置され、85 kgの電気モーターに電力を供給します。マニュアルのギヤボックスの代わりにBosch社製の直流分巻きモーターが搭載され、最高出力32kWで、中間ギヤとドライブシャフトを介して後輪に動力を伝達します。冷却にはサーモスタット制御の140Wラジアル・ファンが使われています。バッテリー・パックは771ポンド(350 kg)で非常に重いものの、単一のユニットとして取り外して、充電済みの新しいパックと交換することができます。BMW 1602 Electricは、静止状態から時速50 km(31マイル)まで8秒で加速し、最高速度は時速100 km(62マイル)に達しました。また、時速50 kmのスピードで60 kmの航続可能距離を実現しました。こうして、BMW初の電気自動車が誕生し、全世界に披露される準備が整いました。
1972年夏季オリンピックという絶好の舞台
BMWグループが研究を始めてから3年後、1972年夏季オリンピックがミュンヘンで開催されました。オリンピック会場のすぐそばに建つのは、同年に完成したBMWグループの新本社ビルで、バイエルンの街に新しくできた印象的なランドマークであり、BMWグループのモダンな精神を表すシンボルです(➜もっと読む:50周年を迎えたモダニズム建築、4シリンダー・ビル)。夏季オリンピックがBMW本社の目の前で開催されたことは、とりわけ環境保護活動が人々の話題になっていた当時、BMWグループの活動を発信する絶好のチャンスでした。
「当時は今日と同様に、多くの点で環境問題への関心が高まっており、企業のコミュニケーション戦略においても大きな役割を果たしていた時代でした」。
赤く、ホットなスターと、シャイなオレンジ色の兄弟が輝きを放つ
同時期に登場したBMW Turbo (※リンク先は英語サイトです。)などのアイコニックなクルマに加えて、2台の電気駆動実験車両がスターティング・ラインアップに入っていました。BMW 1602を改造したこのモデルは、大会組織委員会のメンバーの輸送のために使用されたほか、さまざまな長距離競技でのサポート車両やカメラ車両としても活躍し、排出ガスゼロの綺麗な空気でスポーツ選手たちを先導しました。ルビー・レッドに塗装されたBMW Turboの近未来的なデザインが注目を浴びたのとは対照的に、BMW 1602 Electricはむしろ普通の乗用車のようでした。しかし、公式の発表を通じて、その鮮やかなオレンジ色をした一見普通のBMWが特別な要素を備えていること、つまり、内部に電動の心臓部を秘めていることが皆に知れわたりました。
「最も違いが分かりやすいダッシュボードのメーターパネルでさえ、専門家でなければ、違いを見抜くことはできませんでした。コミュニケーション戦略が無ければ、きっと誰も見向きもしなかったことでしょう」。
短距離走行で重要な使命を果たす
BMW 1602 Electricは、実現可能なソリューションというよりも、開発の試みの第一歩として捉えられていました。重さ771ポンド(350 kg)で航続可能距離60 kmの鉛蓄電池は、量産車にとって理想的でないことは明らかです。そこでBMWは、電気駆動を実用化するための改良、そして何より効率化を目指した研究開発プロジェクトに着手しました。こうしてBMWの新時代が幕を開け、アイコニックなオレンジのBMW 1602 Electricは、BMWグループの50年にわたるeモビリティの歴史で最初の一歩を刻む1台となりました。
受け継がれるバトン:BMW LS ElectricからBMW i3へ
1975年末から1992年にかけて、BMWグループは数々の研究やテストを実施してきました。BMW LSのプラットフォームを使用した試作車から、ナトリウム硫黄電池システムの使用に関する貴重な経験を得られた「高エネルギー電池を搭載した電気自動車」プロジェクトに至るまで多岐にわたります。そうした研究プロジェクトの有益な成果をもとに、都市走行用に設計された限定的な航続可能距離の車両に焦点を当て、完全電動モデルの開発に取り組んでいました。最初の専用車両は、1991年のフランクフルト・モーターショー(IAA)で披露されました。それが、都市や郊外での使用を目的とした電気駆動「シティカー」のBMW E1(➜もっと読む:知っておいてもらいたいBMWコンセプトカー)です。
BMWグループが蓄積した研究や経験が功を奏し、電気モーターの重要性はますます高まっていきました。しかし、バッテリーが今日ほど強力ではなかったため、電気エンジンは基本的に内燃エンジンと組み合わせる必要がありました。そこで、BMWグループ初の市販モデルのハイブリット車が2009年に発表されました。ラグジュアリー・セダンであるBMW ActiveHybrid 7と、BMW ActiveHybrid X6 SACは、フランクフルトで開催された2009 IAAで展示されました。BMWグループは研究開発活動をさらに推し進め、その約1年後、メガシティ・ビークル(MCV)の実現を全体的な目標として、2010年初頭にBMW Concept ActiveEを発表し、これがBMW i3の発売につながりました。
BMW i:電気駆動のスターモデルが誕生
2011年2月21日、BMW i (※リンク先は英語サイトです。)ブランドが「Born electric(生まれつきの電動)」のコンセプトのもとで発表されました。BMW i(➜もっと読む: BMW iの10年:ヴィジョンが生んだサクセス・ストーリー)は、包括的かつ革新的なアプローチを標榜しており、未来を見据えた今までにないコンセプトにもとづいて電気駆動、画期的な新素材、技術を融合することで、サステイナブルなプレミアム・モビリティを再定義しています。重点を置いているのは、バリュー・チェーン全体でのサステイナビリティを特徴とした、「プレミアム」の新しい価値観をもたらすことです。このサブブランドの最初のモデルがBMW i3でした。パッセンジャー・セルにカーボン・ファイバー強化樹脂(CFRP)を使用した初の量産車で、バッテリーを搭載しているにもかかわらず、車両重量は従来の小型車両の範囲に収まっています。BMW i3のシリーズ生産は、発売から約8年半経った2022年夏に終了しましたが、依然として多くのBMW電気自動車にインスピレーションを与えています(➜もっと読む: さよなら、BMW i3:この愛は永遠に色褪せない)。
BMW i3の発売後、2014年にBMW i8 クーペ、2018年にロードスターが発売されました。BMW i8は、BMW Vision EfficientDynamicsというコンセプト・スタディにもとづいており、プラグイン・ハイブリッドのドライブトレインで、スポーツカーが持つ性能と小型車両が持つ燃費と排気量を両立させています。2019年、BMWグループはBMW i Hydrogen NEXTを発表し、水素燃料電池技術の利用においてさらなる前進を遂げたことを実証しました。2年後のIAA 2021では、BMW iX5 Hydrogenによる初の走行体験が行われました(➜もっと読む:今、もう一度考えよう)。
長距離走行でのサステイナビリティとサーキュラリティ
BMWグループのビジョンは、世界が将来直面する変化と共に発展してきました。その意味でも、製造プロセス全体でサステイナビリティが考慮されています。IAA Mobility 2021では、5種類のコンセプトカーを披露して、都市における個人の移動手段に関するビジョンを示しており、そのひとつがBMW i Vision Circularです。サーキュラー・エコノミーの原則(➜もっと読む: サーキュラー・エコノミーの重視:2040年に向けたサステイナビリティ)にもとづいて設計されたBMW i Vision Circularからは、BMWグループが目指す未来の循環型社会がどのようなものなのかを垣間見ることができます。2040年には、サステイナビリティとラグジュアリーの双方を重視した完全電気自動車の走る姿が期待されます。
BMWグループのフロントランナーとパイオニアが共演
高度に統合された完全電動の駆動技術を搭載しているBMW i4(➜もっと読む:Born electric)(※リンク先は英語サイトです。)、BMW iX1、BMW iXは、欧州選手権ミュンヘン大会2022に向けてフル充電され、BMWグループ電気自動車チームのフロントランナーとして登場します。謙虚な魅力を備えた最初のランナー、BMW 1602 Electricは、スピードや重量では劣りますが、その目的を果たし、新しい世代の電気自動車すべてにインスピレーションを与えました。サステイナブルな個人用のモビリティは実現可能なのです。
「BMW 1602 Electricが電気自動車の歴史において偉大な存在である理由は、単にBMWグループが初めて発表した電気自動車だったからではありません。あまり実用的ではない近未来的なデザイン・スタディとしてではなく、従来の乗用車で電気駆動を試みたという点で、当時、非常に珍しいコンセプトの電気自動車だったからです」。
この50年間を振り返ると、最初の一歩がいかに重要であったかが分かります。サステイナブルな個人のモビリティを実現するという野心的な目標には、まだ多くの発展が必要ですが、最も重要なことは変わりません。それは、前に進み続ける、ということです。
BMW 1602 Electricの歴史とは?
BMWグループが電気自動車に関する研究開発を始めてから3年後、1972年夏季オリンピックがミュンヘンで開催されました。BMW 1602を改造したこのモデルは、大会組織委員会メンバーの輸送手段として活躍し、BMW初の電気自動車として正式に発表されました。
著者:BMW;アート:ヴェレーナ・アイヒンガー、マディータ・オサリバン;写真:BMW AG/グードルン・ムシャラ、アッテンベルガー/BMWアーカイブ、Wedo Press、BMW AG、BMWグループ史料センター、ニクラス・シェンツェラー